サダチルシア~sadachilucia’s blog

サダチルシア=サダチル(さだまさし+ミスチル)+パコデルシア

ダメになると、全部だめに見えてしまうよ~禊とか反省とかヤメロ


眠い冬は、風呂も入らず、
寝るが一番。
「クマか」
とか言われることもあるが、
俺は、睡眠は重要だと最近思う。

でも、俺がまだ、若き、20代の頃、新卒で就職した先の
同僚は、地方から出てきて、寮に入っていて、
よくぼやいていた。
「睡眠が、大事だ、いかなる身体の現象のなによりも」と。

やつはいつも、オンボロ中古車で、
俺を、親元まで、終業が遅いと、会社帰りに、送ってくれた。
寮から車で、通勤していたからだ。
 
でも、俺のほうが、仕事ができるのをいつも、
嫉んでいた。
一方で、いつも上司を味方につけ、慰めの場を求めるやつだった。

しかし、やつは、周りのフォローアップがあっても、仕事で、結果は出せない男だった。
口癖のように、「お前はいいよな」と言っていた。
俺からすれば、何がいいのか、わからなかった。
売り上げ行かないと、いつも、背負わされたというより、
自分の顧客をつぶしてでも、玉(ぎょく)を集めて、上司に、報告できる状態にしていた。
先輩たちは、それをしり目に、
「あいつがなんとかしてくれる」
と、ほくそえんで、さぼっていた。

最近、残虐な犯罪が増えている。

イスラムは世界規模の罪悪だが、
日本国内では、
幼少の子供たちを、殺害するケースが多い。

一体、何がそんなにまで、人を、残虐な悪魔にするのだろうか
これも政府の課題じゃないかね

さらには、渋谷の立て籠もり事件も、異常というか、
自己アピールの場を無くした者の
道をはずした姿にすぎないんだと、俺は解釈している。

気持ちのヤリバを無くし、
あんな形でしか表現できない者も、世の中にはいるってことさ。

自分がダメになると、自分以外のものが良く見えてしまう。

待ちな!

そんなことはない。
一見、まともに見える人も、実は、
心はドロドロ、仮面選びがうまいだけなんだと。

世の中にどんな手をうつべきか、わからなくなった者の姿が、
あの渋谷立て籠もりの男の姿なんだ。
本物の銃なんて打てないくせに、エアガンを持ち、
大したこと出来ないくせに、騒ぎを起こし、
物にあたっているだけじゃないか。

自分の非を、悔やみすぎたりする必要もないし、
赤の他人が、問い詰めすぎる必要もない。

反省しますとか、禊は済んだとか、そういうの、やめたほうがいいぜ

小学生の頃、この歌が好きだった。
担任の教師が、歌、ダンスの好きな先生で、
毎日、歌を生徒から、集めて、皆で歌う機会を設けて、
雨の日は特に、湿気った空気で、声の出もいいから、歌の時間が必ずあったもんだ。

「風」
作詞:北山 修 
作曲:端田宣彦 

人は誰もただ一人旅に出て
人は誰もふるさとを振り返る
ちょっぴりさびしくて 振り返っても
そこにはただ風が吹いているだけ
人は誰も 人生につまずいて
人は誰も 夢破れ 
振り返る

プラタナスの枯葉舞う冬の道で
プラタナスの散る音に振り返る
帰っておいでよと 振り返っても
そこにはただ風が吹いているだけ
人は誰も 恋をした切なさに
人は誰も 耐えきれず
振り返る

何かをもとめて 振り返っても
そこにはただ風が吹いているだけ

振り返らず ただ一人 一歩ずつ
振り返らず 泣かないで 歩くんだ

小学生の俺は、
2番の歌詞が好きだった。
クラスメートの隣の席だった、人気のある生意気め~な女の子が、
この歌を、先生に提案し、皆で歌った。

前へ進む、しかし、つまずく。
そして、懐かしい、幸せだった過去を振り返る。
でも、そこは、心のよりどころにならない、風が吹きすさぶ、だけの場所にすぎない。

過去は、誰しも、懐かしくて、美しく映る部分はある。
でも、苦々しい、過去もある。

老いれば、若かりし、自分に恋い焦がれてしまう。

人はなぜ、前を向いて、幸せになれないのだろうかね。
過去は、懐かしい部分だけが幸福であって、
あの頃は、あの頃で、苦しんでいたんじゃないのかね?

中学行ったらどうなるとか、
高校で、どうしようかとか、
その先々の悩みは、
サラリーマンになった今も、
変わらないんじゃないかね。

前も後ろも、
ただ、荒れ果てた荒野に風が吹くだけ。

自分が、一生懸命やった結果も、
やがて、風が吹いているだけになる日が来る。

俺が、大学時代、
一緒に、高校から、同じ大学へ進んだ同期生に、
試験前、ノート借りてチョンボしようとしたとき、
喧嘩になり、取っ組み合った帰り道。
電車の中で、
つり革につかまり、ボケっとしていると、
隣で、文庫本を読んでいる学ラン来たメガネかけた中学生に、
汚いみなりで、小太りの白髪の老人が、語りかけた。
老人は時折、しょぼんとした俺にめくばせしながら、
その中学生の男の子に、こう語っていた。

人は、生きていても、くよくよすることはないんですよ。
人は長生きしたって、36500日の命。
一年は365日、100歳まで生きても、
365 X 100 で、36,500日じゃないかい。
だから、どんなことがあっても、
くよくよすることなはないんです。
いいですね。
人生なんて、36500日の幻想なんですよ
と。

その老人は、俺と同じ駅で、電車を降りた。
一体、何者なのか興味もあり、
しばし、何気に、おいかけるように、後ろをついていったが、
ふと、駅の階段で、姿が見えなくなった。